ナルコレプシーの偉人③ 色川武大

Friday 6 September 2019

ナルコレプシー

 日本人の芸能人でナルコレプシーとしてよく知られている人物といえば、色川武大である。純文学作家の「色川武大」と、『麻雀放浪記』で麻雀全盛時代にあって絶大な人気を誇った「阿佐田哲也」の名前を使い分けた。当時は井上陽水などかなりの大物の芸能人たちと交流があったらしい。彼はまた、伊集院静の自伝的小説『居眠り先生』のモデルの人物である。彼が日本の著名人の中で唯一と言っていいほどのナルコレプシー患者として知られているのは、当然のことながら、彼自身がそれを公表していたからである。そこに彼の強さが垣間見えるのである。

 ウィキべディアによれば、彼のナルコレプシー的特徴として以下のことが記されている。


  • ナルコレプシーを患ってからは睡眠周期が乱れ1日内の時間感覚が崩れ「起きていて、腹が減れば食事をする」こととなり、1日6食も食事をするようになった。そのため、後年のような肥満体となった。58歳の時点で身長170cm、体重80kgという体格であった。またこの病気のため何をするにも疲労するため、なお過食に陥ったという。
  • ナルコレプシーのせいで、定刻の時間に目的地に到着することや待ち合わせをすることが極めて困難となり、自分が文学賞を取った際の授賞式にも必ず遅刻していた。
  • 作家となった後は非常に人づきあいがよくなり、そのため、文壇、芸能界、スポーツ界、麻雀プロたち、アウトローの世界を含めて多数の人物と交際しており、色川家には人の出入りが絶えなかった。山口瞳は色川の死後「彼には八方美人の性格があり、だれにも『自分が一番愛されている』と感じさせた」と書いている。
 
 この記事を書くにあたって、彼のエッセイ、『うらおもて人生録』を読んでみた。その中で、ナルコレプシーの人に大いに参考となる生き方が満載だったので、ここに紹介したい。

・ああ、これは勝ち星にこだわるより、適当な負け星を先に手繰り寄せる方が大事だな、と思ったね。まず、俺の欠点をひとつさらけ出してしまう。〜致命的な欠点でない限り、皆がフォローしてくれる。〜。そうして俺を軽く見ると同時に、親しみをもってくれる。その次に、能力をひとつ見せる。欠点と能力は裏腹になっていることが多いからね。これは魅力としてうけとって貰える。この順序をまちがえると、効果があべこべになる。ばくちの場合とちがって、負けが先、それから勝ち星なんだ。(p.166)

・負け越しにならない負け星、適当な負け星というものを、自分の体質の中から探り出してくる必要があるんだな。〜負けの方は、愛嬌という程度で止まるのが、負けとしては理想的にも思えるがね。(p.168)

・朝はしょっちゅう遅刻するしときどき行方不明になっちゃう。あいつ、しょうがないやつだと先輩たちが苦りきってる。けれども、朝の規律も守れないが、夜の方も守れない。夜になると気合が出てくるから、残って一人で仕事をする。残業手当なんかないよ。通算すると仕事の量はこなしているけどね。しかし、規律を乱しているんだから、負け星の負い目は絶えず意識して恐縮していなくちゃならない。ここが大切で、これによって何とか社内関係が持続するんだね。(p.169)

・負けも勝ちもどこかに魅力がないと駄目だ。人がなんらかの意味で許し認めてくれるようなものでないとね。(p.171)

・勝負は、圧倒的に、、先をとっていくほうがいい。〜先をとるというのは、野球でいえばグランドに相手より早く来て全員で待ち構えているとか、ジャンケンをして勝って先攻めを選ぶとか。つまり、数字に現れるはっきりしたリード点ではなく、気合みたいなものといってもいいかな。(p.274)

・持病のナルコレプシーのせいもあって、他人のペースに合わせて行動することができない。〜当人はけっこうきつい思いをして働いているつもりなんだけど、他人が見ると、のらくらしているように見えるらしいね。〜一病息災ということは、一病と、ちゃんと向かい合うというところからはじまるんだな。ここが大事なところなんだがな。(p.287-288)

・はんぱ人間なんだから、完全人間の誇りは捨てることだね。その一病に関して、他者から軽く扱われても、怒っちゃいけない。甘んじて、その軽蔑を受けること。この点の修行をちゃんとする必要があるよ。いいですか。実人生で、9勝6敗目標というのはここだよ。この6敗は悪びれずに甘んじて受け入れる。それどころかむしろ、オープンにしてしまう。〜ここはひとつ、うわっと陽気に認めちゃうんだ。

いかがでしょうか。参考になりませんか?

私は彼の生き方が、ナルコレプシー患者の人生として、1つの成功例のような気がするのです。