こころの時代「歎異抄にであう 無宗教からの扉」を見て

Friday, 29 December 2023

English ナルコレプシー 学校教育

  私自身はクリスチャンの家庭だったので、仏教には少し疎いところがあり、興味本意でみました。以下、私がこの番組から学んだことです。

①阿弥陀仏になったものは、元は法蔵という人間であった。彼に関する記述は、生まれは王族であったということだけ。おそらく高貴な身分であったのだろう。この法蔵が全ての人を救いたいという思いを込めて、仏になるまで死なないと決意し、気の遠くなるような期間を耐えて、ようやく阿弥陀仏になったのである。

②法然は、 他の仏典にあるようなこと、すなわち全ての人は救われるが大罪を犯したものは除くというこの除外規定を無視して、大罪を犯す悪人こそ念仏を唱えれば救われると説いた。

③罪を犯すのは宿業のせいと考える(本人の意思でどうかなるものではない)。

 これらを見て、改めてキリスト教との類似点の多さを感じた。まず①に関して、イエスも同様にダビデ王家の生まれである。高貴な身分にありながら、何かのきかけで、社会の下階層に落ちた場合、宗教的な思想をもつようになるのでしょうか。

 ②、③も聖書の話とそう違いはありません。極限まで救いを求め悩むことで、イエスと法然が同じような思いに至ったというのが非常に興味深かったし、真実がそこにあるような気がしました。