レビュー『静かな大地』池澤夏樹

Sunday 19 January 2020

書評

 私は本屋が好きで、たまに行った時には平気で1時間くらい、興味があったものを手当たり次第に手にとって目次を眺める(本屋泣かせともいわれるかもしれないが(笑)、長くいた時は少なくとも何か買うようにはしている)。小説文庫本コーナーには大体有名な作家の名前は本棚にインデックスがあってわかりやすいようになっている。そこで前から、大抵どこの本屋でもインデックスがある池澤夏樹さんのことが気になっていた。先日、ふと彼の作品を読んでみたいと思って、図書館で検索し、偶然この『静かな大地』にたどり着いた。

あらすじ

 時代は明治初期。江戸時代が終わり武士階級が余り始めたために、北海道に移民する道を選択した、もしくはせざるを得なかったという淡路島の侍たち。ところが、もともと北海道には先住民のアイヌの人々が暮らしていた。和人たちは、初めはいろいろアイヌに助けてもらったのに、用がなくなれば奴隷同然に扱い、彼らの拠り所とする自然の営みを破壊、侵略していった。ちょうどフロンティアを求めて白人のカウボーイらが先住インディアンの土地を奪って行ったように。
 淡路島の侍一団に属する宗形家の二人息子、三郎と志郎は、そのようにアイヌを蔑視する社会に反し、アイヌと手を取り合い共に生きていくことを求めていく。ストーリーは、志郎の娘の由良が、叔父である三郎のことを一冊として書き出していくという設定で話が進んでいく。

感想
 最近読んでいる本の中では、一番心にインパクトを与えた作品だった。筆者自身の先祖に関することであり、多少の創作が含まれているとはいえ、かなりリアリティが感じられた。
 我々人間が血の繋がった祖先らの歴史を語る時、どうしても美化したくなる感情が働く。実際にはもっと泥臭く浅ましい部分があるのに、それは美談に隠され、都合よく解釈され、伝えられてしまう。

 本書の根底には、和人の傲慢さに対して筆者自身の怒りと、どうにもならないやるせなさのようなものが感じられる。我々の祖先である和人は、先住民のアイヌの営みを破壊し、奪っていった。その後北海道への和人の入植者が増える一方で、アイヌへの差別意識が蔓延し、アイヌの人々は生きていくことさえ難しくなってしまった。明治4年には賎民廃止禁止令が発布されているが、和人のアイヌへの対応を見ると、この法がなんら国民の考え方を変えるまでには至らなかったことがわかる。

 差別意識というのは、万国共通のもので、人間の心奥深くに潜んでいて、そう簡単には変えられないらしい。先の賎民廃止禁止令の功労者である大江卓氏でさえ、部落民調査するときには、食器だけは自分のを持ち歩き、絶対に部落のものは使わないと決めていたそうだ。

 ちょうど私が本書を手に取ったとき、麻生大臣が「日本人は長きにわたって1つの民族が続いている」という歴史観を披露し、炎上した。そして、昨年のアイヌ新法があらためて注目された。明治初期に生きた和人らと、令和になった現代の我々。100年やそこらで人間の本質が変わるとは思えない。多くの人が本書を読み、我々の心奥深くの差別意識に意識的になるきっかけとしてほしい。